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「俺、加藤の歌、好きだよ」
遠野が呆れる。
「佐伯の主観は置いとけ。参考にならん」
前にも、こんなことがあったな。あの日は、洋子さんにせがまれた。
「わかった。リクエストしてくれ」
軽音の青年からギターを受け取り、軽くチューニングをする。どこからか、今をときめく、アニメ映画の主題歌があげられる。
水で喉を潤し、ギターを構える。バラード調にアレンジして歌った。場がシンと静まり返る。やっちまった感があった。
「あの。寿司は俺が奢るから」
「なに言ってんだ! 兄ちゃん、うまいよ! 待ってな! 今、用意すっから!」
店主の怒鳴り声に呆然としていると、遠野に名前を呼ばれた。
「マジで上手いじゃん。上手すぎて、みんな、引いてるぜ。ここまで歌えるのに芽が出なかったのは、あれか? 世間から逃げていたか、見つけてくれた人間が悪かったか、自分はこんなもんだって、自己完結するタイプか……。なんにしろ、加藤君に必要なのは、佐伯が言う通り、いてっ!」
遠野が顔を顰め、次いで、佐伯を睨みつける。
当の本人は、「上手かったよ」と俺に微笑んできた。
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