37人が本棚に入れています
本棚に追加
何かがズレている。何かがおかしい。はっきりとは言えないが。
抱いてしまった疑問で頭を使っていると、店主が皿一杯に詰められた寿司を運んできた。学生達が急いで俺の前に場所を作り、店主がそこに寿司を置く。
「ありがとうございます……」
「おう……」
店主は口を歪めたり、頬を吊り上げたり、顎を引いたりして、一人で顔芸をしていたが、最後には深い溜息をつき、鉢巻をとった。
「俺、やっぱ、こういうの、駄目だわ。悪い」
「え?」
そう声をあげたのは、一人じゃなかった。
「兄ちゃん、いいもんもってるよ。これは本当に俺からの奢りだ」
反射的に佐伯を見た。
相手はこちらの視線に気づき、口を引き締めた。
「予想以上に兄ちゃんが上手いもんだから、ここにいる連中、みんな、自分のしなきゃなんねえことを忘れちまったんだ」
「店主、なに言ってくれちゃってるんすか? ちょっと、夜風にでもあたりに行きましょう」
遠野が店主の肩に腕を回す。
ここにいる全員が仕掛け人ってことか。
持ち上げられて落とされたのに、怖いくらいに冷静だった。
「大丈夫ですよ。はじめからわかっていましたから。学生も、卒業生も、みんな、演技がボロボロだ。変なことに巻き込んでしまい、すみません。元凶の男に金、ちゃんと貰ってくださいね」
佐伯、と恋人を笑顔で振り返る。
「払っとけよ、責任もって」
「わかってる」
ギターを軽音の青年に返し、コートに腕を通して、腑に落ちない顔を向けてくる恋人を、もう一度、見る。
「佐伯、俺の分、立て替えておいてくれ。あと」
半眼で相手を見つめる。
「今日は帰ってくんな」
最初のコメントを投稿しよう!