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佐伯の真剣な眼差しに、唇を伸ばした。
「俺だって何もしてこなかったわけじゃない。音楽会社にデモテープを送ったり、ライブハウスで歌ったり、路上をしたり……。だけど、駄目だったんだ。佐伯さ、いつか言ってたよな? 芸術家は自分の意思で輝けるわけじゃないって。俺もそう思う。そんでもって、倍率が高いから、みんな、そこに夢を見るんだって、そう思う。お前が俺のことを買ってくれるのは、すごく嬉しいし、ありがたい。俺、佐伯と一緒にいられて幸せだよ。佐伯の傍にいることが、俺の夢だったから。これからも、佐伯が許してくれる限り、支えていきたい。俺は今の俺を不幸だとは思っていない。むしろ、幸せだって」
「俺が嫌なんだ。俺が加藤と作品を生み出していきたいんだ。俺達に子どもは望めないけど、作品をふたりで育てていくことはできる。俺はそうやって生きていきたいし、なにより、そうやって生きていくことを、加藤に当たり前だと思って欲しい」
「なに、勝手なことを」
「加藤に不要な心配をして欲しくない。だから、当たり前に思って欲しいんだ。俺と作品を形作っていくことや、俺との関係や、俺が傍にいることを、特別なことだと思わないで欲しい」
「馬鹿だな。そういうのは俺なんかに使う言葉じゃない」
佐伯の顔が険しくなる。
「みんなのところへ戻ろう」
「は? 俺、場の雰囲気、壊してきたんだぞ」
「俺だって帰るって、頭下げてきたばかりだ」
強く手を引っ張られ、はからずしも、足が佐伯を追いかける。
「わかった。帰ってきていいから。佐伯、お願いだ」
怖くて、涙が頬を伝う。嗚咽すると、佐伯は立ち止まった。
「……許して」
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