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 佐伯は居酒屋に背を向け、俺の手を握りしめたまま部屋へと歩き、玄関にドアをかけると抱擁してきた。 「好きだよ。加藤が好きだ。俺を、もっと好きになれよ。もっと、俺に寄り掛かってくれよ。俺を独占するくらいの気持ちでいろよ」  体は繋げなかった。時折、どちらからともなくキスをしながら、夜を抱き合って過ごした。  翌朝、佐伯は用事があるから、と朝食も採らずに部屋を出て行った。窓の外が騒がしい。ベランダから下を覗く。学生と思われる若者たちの姿があった。  コートを羽織り、太陽の光を浴びる。一か所から馬鹿でかい音楽が聞こえてくる。  卒業してから行かないようにしていた。知り合いや教授、助手の人達に会うのが苦痛だった。きっと、彼らと話したなら、今の俺をいやおうなく発表しなければならないから。  学生だけでなく、子どもを連れた男女も校内へと入っていく。守衛の男に会釈し、彼らに続いた。からあげやポテトなどを売る学生達の呼び込みを抜け、文芸棟へ突き進む。もし、カフェを開いているなら、コーヒーでも飲んでいこう。そしたら、気持ちが奮い立つかもしれない。あの頃の、へんな自信を纏えた俺に、近づけるかもしれない。  改築された棟は白一色で高級感があり、俺達の学生時代との差に戸惑った。道案内のために設置されたポスターや立て看板を頼りに、エレベーターで指定された階に行く。  ポンと音がし、エレベーターが開いたそこに、佐伯がいた。  黒髪で眼鏡をかけた綺麗な女と笑顔で話している。  佐伯の元カノだ。
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