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 偶然会ったのだろう。だって、佐伯は昨日、俺を好きだと言ってくれた。キスもしてくれたし、俺に自信を持てと言ってくれた。  でも、佐伯が彼女と出会うことが運命であったなら、一瞬で俺はいらない人間になる。そして、もし、佐伯の用事が彼女と会うことであったなら、俺はからかわれていたんだ。ずっと。  エレベーターのドアが閉まろうとする。誰かが違う階でボタンを押し、エレベーターを呼んだのだ。  佐伯が俺を見て驚愕した。その表情に打ちのめされた。  エレベーターが完全に閉まり、下へ移動する。降りる場所をあけてくれたカップルに軽く礼を言い、食堂に入った。足がガクガクと震えていて、どこでもいいから座りたかった。  音楽が聞こえてくる。俺とは色の違う音楽性を持つバンドの演奏だ。深呼吸をし、辺りを見回す。この食堂も、どこかのサークルか同好会が出し物をしているようで、ピエロの格好をした男が、ちいさな女の子にバルーンアートを披露し、できあがったうさぎを手渡していた。女の子は満面の笑顔でピエロに、「ありがと」と言った。  歌手を目指したのは、俺も、あのピエロのように、俺の歌で誰かを笑顔にしたかったからだ。本当は売れるとか売れないとか、本当はそんなことより、一人でもいい。元気が出たよ、と笑ってくれたなら、それでよかったんだ。  俺はいつから、変わってしまったんだろう。いつから、認められることばかり考えるようになったんだろう。生きることと引き換えに、俺は何を失ったんだろう……。  
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