4

13/18

36人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
「佐伯は他人の人生観を変えようと、くどくどしゃべったわけじゃない。俺達は俺達だからって、ただ堂々としていた。むろん、蔑むような言葉もあった。だけど、佐伯は怒らなかったな。相手の意見を否定せず、それでも、君のことが好きだって笑ってたぜ。当たり前じゃないことを、当たり前にするのが、どんだけ難しいか、俺より加藤君のがわかってんじゃねえの?」 「……今日、この大学で、佐伯が学生時代の恋人と会っているのを見ました。違和感がなくて、とてもお似合いで、だから、俺、どれだけ佐伯に好きだって言われても、これからも、嫉妬や絶望を感じてしまうと思うんです。俺ができないことを、彼女ならできる。その方が、佐伯だって幸せだと、どうしても、思ってしまう」 「俺は昔の佐伯より、君と一緒にいるあいつのが好きだな、うん。ちょっとは、人の気持ち、考えるようになったんじゃねえの。だから、展望台で君を責めたことを、後悔している。君が記憶を改ざんしたって、佐伯から聴かされて、あんときの俺をぶん殴ってやりたいって思った。こんな俺だけどさ、もし加藤君がよかったら」  遠野が銀色のケースから名刺を取り出す。 「一緒に映画を作ってみないか? 加藤君は主に音楽担当で採用したいって、仲間には話をしてある。社員はほとんど、この大学の出身者だ。気が向いたら、連絡をくれ」  名刺を受け取る。 「佐伯が女と話していた件は、ちゃんと誤解、解いとけよ」 「遠野さんは佐伯のことを、誤解だって言い切れるほど、信用しているんですね」  コーヒーを飲み干し、遠野が溜息をつく。 「佐伯もよっぽどの鈍感だが、加藤君も加藤君だな。本当に、わかんない? 佐伯は加藤君が逃げないように、外堀、埋めまくってんだって。そんなことまでしてんのに、他の子にときめくか? ない。ないね」 「……そう……なんですか?」 「はは、マジか。加藤君ってかわいいな。佐伯が言うはずだわ」  顔から火が出る。 「かわいいって、佐伯、そんなことを言ってるんですか?」 「言ってる、言ってる。だから、加藤君こそ、諦めな。そう簡単に佐伯が君を手放すとは思えんからな」
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加