捨てられないハンカチ

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 彼がこの大学のどこかで、自分と同じように、夢を追いかけてくれている。そう思えるだけでよかった。    なのに……。  十一月の芸術祭で、デュオを組んでいた友人が、文芸棟へ行こうと誘ってきたのだった。すごい一年がいるらしい、と友人は興奮していて、その男の作品が載る同人誌を買うと意気込んでいた。  俺はこじんまりとした文芸棟を見上げ、カフェが開かれているのを知った。コーヒーを飲んでいこうと友人が言い、断る理由もなかったので、席に座った。 「いらっしゃいませ」  水を配ってくれたウェイタ―を見て、俺は水を溢した。友人から「なにやってんだ」と非難がとび、ウェイターは他のスタッフに布巾を頼み、「大丈夫ですか?」と俺を気にかけた。 「大丈夫です」  俺の声は小さかったが、彼は聞き取ってくれたようで、微笑み、新しい水を持ってきてくれた。  大学の中央にある特別に設置された舞台で、軽音が自作の歌を披露し出す。友人は足でリズムをとっている。鼓膜をつんざくような音量だ。俺の馬鹿でかい鼓動をかき消してくれるような暴力的な音量だ。  頼む。そうであってくれ。
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