捨てられないハンカチ

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 見間違うはずがない。ウェイターは俺が心の支えにしていた青年だった。  ウェイターの衣装が新鮮だからか、思い出よりもまばゆく見える。彼はこちらが自分の姿を目で追っていることを知ると、唇を伸ばし、会釈をした。俺はテーブルに突っ伏すしかない。「なに、やってんの?」と友人が不思議がる。もっともな意見だ。俺もそう思うのだから。  コーヒーを飲みほし、友人が買いたがっている同人誌を探しに、棟を歩きまわった。文芸サークルはいくつもあるらしく、友人は各サークルの同人誌の目次とにらめっこをし、眉を歪ませた。 「幸島庸輔って奴の作品が読みたかったんだけど、どこにもないわ」  残念がる友人に、適当に相槌をうつ。 「お前、さっきから、おかしいぞ」  俺もそう思う。  青年に声をかけたかったのに、できなかった。女じゃないんだ。かけやすいはずなのに。同性なんだから、フレンドリーにいけばいいだけなのに。  俺、どうしちゃったんだろう? 「幸島の作品が読みたいんですか?」  振り向いたそこに、私服の青年がいた。 「さきほどは、カフェに来ていただき、ありがとうございました。服、本当に大丈夫でした?」 「あ……。大丈夫……です」  青年は、「よかった」と笑み、一つのサークルから同人誌を一冊、手に取った。 「中西正っていうのが、幸島ですよ。いわゆる、ペンネームです」 「ああ、なるほど。そりゃあ、見つからないわけだわ」  友人が呆けた顔をさらす。 「会計はどこ?」 「俺がします」 「君、ここのサークルの人?」 「ええ」 「じゃあ、君のも、ここに載ってんの?」 「佐伯英治が、俺です」 「ペンネーム?」 「本名です」  俺の脳みそがその名前を刻みこむ。熱い。十一月なのに、熱い。  熱くて熱くて。 「二冊、くれる?」  友人が同人誌と金を交換し、一冊を俺に差し出してきた。 「プレゼント」
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