ほろ苦いそれは珈琲とよく似ている

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彼はひとしきり話すと、「僕は今日職場に寄らなきゃいけないので、この辺で失礼しますよ」そう言ってカップを置いた。 「そうですか。よければまた来て下さい」 あんなに苦手だと思っていた法相洋が、ほんの少しだけ克服できた気がした。 彼とする会話は、思っていたよりも嫌なものではなかった。凛さんが好意を抱いている男という事実は消えないが、凛さんを見守っていたいという同じ目的を持った同志である事実もまた消えない。 彼が来る前に思わず淹れてしまったカプチーノの泡はとっくに消えてしまっていた。 「気が向いたらまたきます」 「前回もそんなことを言っていましたね」 彼は、僕の行動を見張っていたいのか、それとも凛さんを手に入れられなかった僕を哀れに思っているのか……。 後者はないか。哀れに思っていたら、彼は会いになんてこないだろう。やはり単なる気まぐれか。 「久呂武さんの珈琲、悔しいけど美味いですからね。ただそれだけです」 「何よりの褒め言葉です」 彼は立ち上がり、珈琲2杯分の会計を済ます。 「それじゃあ」 「ありがとうございました」 彼の背中を見ながら、僕も複雑な気持ちになる。彼のことは認めている。凛さんにも幸せにはなってもらいたい。ただ、あの背中に寄り添う彼女のことを忘れるつもりもない僕は、いつまでそんなふうに思っているんだろうかと疑問に思う。 カプチーノの泡が消えるまでの時間、僕は彼女を思い出しながら、想像できない色んな未来を色んな方向から探ってみたりするんだ。
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