掃き溜めのクリエイター

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 とてもあたたかくて、穏やかな水の中にぼくはいる。  ぼくはニンゲンだけれど、水の中でも溺れることはない。  どうしてかって? ぼくは、お母さんのお腹のなかにいる赤ん坊だからだ。  赤ん坊なのに、どうして言葉が分かるのかって?  君たちは知らないらしいね。  赤ん坊は、その前に生きた記憶を、お母さんのお腹の中で思い出しながら、これから始まる新しい「生き方」について、考えているんだよ?  俺はクリエイターの奥岐川。  それっぽい肩書きを名乗ってはいるが、小さなコンテストでお情け程度の賞を獲ったことがあるくらいで、代表作と呼べるような作品はない。  明日、42歳になる。  ウィキペディアで調べたようなことをまとめるだけのライティングの仕事でどうにか食いつないではいるが、就職するにはどう考えても手遅れの年齢だ。  冒頭の書き出しは、製作を開始したものの、なかなか前に進めないアニメーション作品の冒頭の台詞だが、ここから先が三カ月以上書けずにいる。  どうして、こんなことになってしまったのだろうか。  15年前、バイトとライトノベルの公募へ応募するための作品の執筆を繰り返す日々に疲れて、飲めない酒に酔った勢いで出会い系アプリに登録。同じ作家が好きな女子大生である「彼女」知り合い、たった一回の行為で、まさかの命中。  生活力のない俺も、世間知らずの女子大生である「彼女」も、結婚には程遠い脆弱さを抱えた人間だったが、それぞれの家族の手前、出会いのきっかけを言いだせずに、なし崩し的に結婚。  「子はかすがい」の言葉通り、子供をきっかけに2人が成長できれば良かったのかもしれないが、出産の際にへその緒を首にからませて、赤ん坊はこの世に出た瞬間に、息を引き取ってしまった。  泣きじゃくる「彼女」の前で、俺は意識せず、ほっとした顔をしていたらしい。  それが、崩壊の始まりだった。  「彼女」は鬱を発症して俺に当たるようになり、包丁を持って暴れるようになった。  体中のあちこちを切られた。わき腹と、二の腕と、手の平で、合計24針縫った。  いっそ殺してくれと思った。  こんなクソみたいな人生、すぐにでも終わらせてくれと思った。  でも人間というのは案外、丈夫なもので、その程度の傷では、残念ながら死ななかった。
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