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「彼女」は金沢の実家へと帰り、俺は一人、取り残されてしまった。籍は入れたままだが、事実上、離婚したのと変わらない。
一人になった俺は、それまで書いていたような軽薄なライトノベルは書けなくなり、部屋に引きこもるようになった。
ネットに違法アップロードされたアニメを、自分の糧にするでもなく、ただただ日々をやり過ごす為だけに、片っ端から観続けた。
そこで、彼の作品と出会った。
シナリオ、背景、人物、音声など、全てをたった一人で作りあげたというその作品に、俺はただただ衝撃を受けた。
学歴やコネなどに頼らず、ひたすらに自分の世界をつきつめてスターダムにのし上がった彼の名前は、新海誠。
アメリカンドリームならぬ、ジャパニーズドリームの体現者。
自分にも何かできるのではないか。自分が描きたい世界は何だろう……。
自らに問い続けた結果、この世に生れ出ようとした俺の半身とも言える、亡くなった息子への罪滅ぼしがしたい。そういう物語を描きたいと思った。
PCとネットさえあれば、さほどお金をかけなくても、アニメーションを作ることは可能だ。
不器用ながらも、こつこつと時間をかけてアニメーションの技術を学んでいき、動画サイトにアップする29分の作品を、3年かけて作り上げた。
インドで仏の像を彫っていた職人の弟子である少年が、師匠の暴力に耐えかねて街を飛び出し、森で生活していくなか、後に自らの魂が宿ることになる巨大石仏を、生涯を掛けて彫っていく物語。
この一作が、視聴したユーザーの口コミで広がっていき、動画サイトから賞を与えられることになった。
亡くなった息子が、力を貸してくれたのだと思った。これをきっかけに、自分の作家としての人生も、「彼女」の心も、取り戻せるチャンスだと思った。
しかし、現実は甘くない。
受賞作以降の作品は、箸にも棒にも引っかからない、我ながら陳腐な発想で創作された、いかにも売れ線を狙った駄作ばかりで、年齢と共にバイトの疲れが身体に蓄積するようになり、就職するには手遅れの年齢になってしまった。
人生ギリギリで生きてきて、いよいよ、アウト。
厄年の理由が「四二」(死に)に聞こえるからなんて知った時は、ダジャレにビビるなんて下らないなんて馬鹿にしていたが、今ではうまいこと言ったものだと思う。
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