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「ごめんね」
俺の姉はよく謝る。
「……なんで?」
昔から、その言葉は俺のものだったのに、いつの間にか姉さんが使うようになった。
「姉さんが謝ることなんてないだろ」
姉ちゃんは白い布団の中から細っこい棒のようになった腕を出して、俺の手を握った。
思ったより力が弱くて泣きそうになる。
「母さんが死んじゃってから、ずっと俺のために頑張ってくれただろ。俺、何も出来なくてっ」
姉さんはゆっくりと俺の手から俺の頬へ、骨ばった手を移動させた。
「いままで、よくがんばったねぇ、ユウタ」
その一言だけで涙が堪えられなくなってしまう。
違うよ姉さん。
俺、姉さんの誕生日もちゃんと祝えなくて。だから、イヤリング盗んでプレゼントしようだなんてバカなこと考えて。
俺、最低なんだ。
俺は少しもがんばってなんかないんだ。
姉さんひとりにずっと苦労かけてきたんだ。
姉さんの体のこともずっと、見ないふりしてたんだ。
まだ姉離れできないなんて恥ずかしいよな。
ごめん。
全部気持ちを吐き出そうとしても、嗚咽ばかりが漏れていく。
涙越しに映る姉さんの痩けた頬が、目の下の消えない隈が、濁った瞳や乾いた肌が、脳裏にひとつひとつ焼き付いていくようだった。
「ふっうっ、姉さんっ、生きてるだけでっいっ、いいんだ」
姉さんは瞼をゆっくりと降ろした。
「っお、おれ!もう仕事できるからっ!ひっうっ、もうっ、姉さんっをっ、らく、っさせてあげれるっ、からっっ!」
俺は頬ですっかり涙まみれになった姉さんの手を両手で強く握り締めた。
「だからっ、死なないで」
目を固く閉じた。唇を強く噛んで。
姉さんは何も言わなかった。
ただ色を失った唇を震わせるだけだった。
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