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ヤマモトヒロシが行ってきますと席を立った。恵美子は玄関までヤマモトヒロシを見送りいってらっしゃいと言った。こんな何でもない日常が恵美子にとっては幸せだった。そして恵美理を玄関で見送ると、台所からけたたましいアラームがピピピピと音をたてた。あら、もうそんな時間。
これさえなければ、恵美子は自分の生がニセモノでは無いのにと溜息をついた。
エンバーミングの時間だ。毎日、この液体を補充しなければ元夫に滅多刺しにされた恵美子の体は傷んでしまうのだ。
いつものように液体バッグを点滴棒に引っ掛けると、慣れた様子で足の付け根の静脈に針を刺す。
裸になった恵美子は、冷蔵カプセルに体を横たえた。
エンバーミングが一通り終わると、恵美子は買い物に出かけた。
今日はカレーにしようかしら。ふとそんなことを考えながら買い物をしている自分に自然と、おかしくなって笑みがこぼれてしまった。うちのヤマモトヒロシは、カレーを好んで食べる。普通、ヤマモトヒロシは食べ物の好みなどはなく、何でも好き嫌いなく食べると聞いているのだが、このヤマモトヒロシはカレーの時だけ、おかわりを要求するのだ。最初は、また不具合かしら、燃費はよくなったはずなのにと不思議に思ったが、またディーラーに出すのも面倒なので、気にしないことにしたのだ。それに、やはりほんのしばらくでも、ヤマモトヒロシの居ない生活は寂しくて心細いものだ。ヤマモトヒロシには感情は無いから、そんな恵美子の気持ちなどわかるはずは無いだろう。
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