夏の終わりに

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 八月三十一日のことだった。僕は扉の前で選択を迫られていた。 「お前正気か!? 悪いことは言わねえ、今からでも考え直せ!」  友人に諭されても、僕の決意は変わらなかった。長いときをともにしてきた彼をおいて、この先へ一人で進むのは怖かった。心が張り裂けそうなくらい、痛かった。 「もう、決めたんだ。僕はいくよ」  それでも、僕はこの扉を開けると決めていた。先へ進むと、立ち向かうと決めたんだ。 「だってお前、この間まで・・・」 「残ったのは僕らだけだ。僕はもう、耐え切れない」  次々と去っていく仲間たちを見て、僕もこれ以上耐えるのをやめようと思った。どんなに逃げ回ろうとも、最後にはその魔の手から逃れることは出来ないのを、僕は知っている。彼だって、それを知っているはずだ。 「お前は、お前だけは、俺を裏切らねえって、そう信じていたのに!」  涙ぐむ友達に背を向けて、僕は扉に手をかけた。決意が鈍る前に、間に合わなくなる前に、やるしかないのだ。時間はもう残されていないのだから。 「裏切りじゃないさ。先に行って待ってる」  これは始まりであって、終わりじゃない。彼だって、本当に裏切られただなんて思っちゃいない。  あんなに喧しかった蝉の鳴き声も、少なくなっていた。もう夏も終わりを迎えるのだ。  そこからは振り向かなかった。これ以上彼の目を見たら、きっと扉は開けられない。裏切り者と揶揄されても、この先を進むしかないんだ。だって、それが僕と母さんとの約束なんだ。 「お前・・・だって、お前」  その言葉の続きを聞く気はない。聞けばきっと決意が鈍る。彼の口から最後の言葉が紡がれる前に、僕は扉を開いた。  さあ、我が手に在りしは万物を描く漆黒の鉱石、黒を打ち払いし白きもの。眼前に迫る我が宿敵を打ち滅ぼしたまえ。 「俺と一緒に夏休みの宿題やらないで怒られようって、約束したじゃねえか――」  ゆっくりと閉まっていく扉の向こうで、彼の叫び声が住宅街に響いた。  彼は夏休みの宿題をやらなかったらしい。 「持ってくるのを忘れました」と一週間言い逃れ続けたが、ついにやっていなかった事がバレて大変怒られたという。
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