最後の一球

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 五回裏、ツーアウト満塁、スリーボールツーストライク。  まさにギリギリの勝負で、どうやら次が勝負の一球と言うことらしい。  ストライクなら私の勝ち。  ボールなら同点でふりだしに戻る。  そして長打なら、サヨナラ負けだ。  相手は今日二打席とも三振に抑えてる四番。とはいえ実力的には相手の打線で一番怖い相手だ。  一つ、大きく息を吐く。  刺すような夏の暑さの感覚も、グラウンドを包む観客の声援も、ベンチから飛ぶ仲間の声さえも遠のいていく。そして視界に映るのは、かまえられたキャッチャーミットだけ。他のものはバッターの顔さえぼやけているような、最高の集中状態。  ここまで来たからには、勝ちたい。  強くそう思った。  二週間、コーチに教えてもらってここまで投げることができた。球場のどこかで、コーチは今も見てくれているはずだ。だから必ず、勝ってコーチに恩返しする。  ゆっくりと投球モーションに入る。右腕が大きな円を描き、腰の下で一瞬すれてボールが手を離れていく。  絶対に忘れてほしくない、一番大切なことを教えるよ。  ミットめがけてボールが飛んでいく瞬間。まるで世界がスローモーションになったような時間の中で、大好きなコーチの言葉が頭の中にこだまする。  楽しむこと。試合は勝ち負けじゃないよ。  ボールはミットに吸い寄せられるような完璧な軌道だった。けれどミットに収まる前に、バットの芯がボールを捉えていた。  鋭い打球音が響き、ショートの定位置やや左上を弾丸ライナーが襲った。
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