黒薔薇

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足音が、聞こえない。  それが間違いでないことを確かめるため、さらに意識を集中させる。……しかし、聞こえてくるのは、自分の荒い息だけだ。念のため息を止める。しかし、何者かがいる様子はない。  助かった……? 安堵してその場にへたり込み、ゆっくりとまぶたを閉じる。  死ぬかと思った……。  大きくはぁ、と深呼吸をした。もう大丈夫だ、そうわかった瞬間、涙がこぼれた。私にはそれが恐怖の涙なのか、安堵の涙なのかわからなかった。 何はともあれこれですべて終わったのだ。悪魔が私を見つける前に、誰かに助けを求めて帰らないといけない。  私は震える両手でごしごしと乱暴に涙を拭って、目を開け、 ――――恐怖でかたまった。  薄暗い街灯が映し出す影。淵は涙でぼやけてしまっていて完全にはわからない。しかし、これだけは間違いない。座り込む私のすぐ後ろに、何者かがたっている(・・・・・・・・・)。  私は、その時咄嗟に振り向いてしまった。 自分の愚行に気が付いたのは、悪魔の姿が半ば見えたあたりだった。 「ツカマエタ」  にやりと楽しそうな笑みを浮かべる黒い服を着た彼(あくま)が、私にむかってぬっと手を伸ばす。 「い、いやぁぁぁぁ!!」 その手から逃げようとするが、足には力が入らない。その間にも、死の影は私へと近づいてくる。 必死になってかろうじて動く腕の力のみを頼りにして、後ずさった。 逃げなきゃ! にげなきゃ! にげn ズルリ 「え……?」 その時、体を支えていたはずの右腕の感覚が消え、視界がぐらりと傾いた。  ああ、そうだ。後ろ、階段だっけ。 そのまま、私の体は地面へと吸い込まれていく。  彼(あくま)は何かを叫びながら私に手を伸ばすけれど、あと少しのところでその腕は空を切った。  私、死ぬのかな。  わかっているけれど、不思議と先ほどまでの恐怖はない。至極冷静になっている自分が怖くもなる。しかし、このまま重力に身を任せれば、何の恐怖も感じずに死ぬことが出来る。そう思うと、気が楽だった。  どことなく鼻につく薔薇の香りがする中、私の意識は闇の中に吸い込まれていき――――体中に激痛が走った。
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