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恐る恐るその名前を口にした。
すると幸い当たっていたようで、彼はぱっと顔をあげて安心したように微笑んだ。
その人は、間違いなく菖君であった。しかし、その顔は私の知っている菖君より少し大人びているような気がした。
「よかった。何ともなさそうだね」
「なんともって、どういうこと? 何で私は病院にいるの?」
全然現状が理解できていないので、少しでも情報がほしい。どう思い質問したのだが、彼は私の言葉に予想以上に驚いた様子で、目を見開いている。
「……覚えてないの?」
「うん」
菖君は困ったように眉間に皺(しわ)を寄せる。
「僕と出かけているときに、誤って階段から落ちたんだ。その時に背中とか頭を強く打ったらしい。もしかしたら、それで記憶が混乱しているのかも」
階段から……? それを聞いて、今朝の夢がぱっと浮かぶ。
何故階段からおちたのかを具体的に思い出そうとするけれど、如何せん夢で見たことである。少ししか時間がたっていないはずなのに、まるで靄(もや)がかかっているように朧(おぼろ)にしか思い出せない。
「……とりあえず、どこまで覚えてるのか確認をしたいから、僕の質問に答えてもらってもいいかな?」
「わかった」
このまま考え込んでいても埒が明かないので、彼の提案をありがたく受ける。
菖くんは私の横に腰かけて、真剣な顔で問い始めた。
いつもと違うどことなく色っぽい雰囲気に少しドキドキする。……そんな場合じゃないはずなんだけれど。
「まず、君は今いくつで、最後に憶えている日にちはいつ?」
「十七歳で、日付は六月十四日……のはず」
年齢は覚えているのだが、日付についてはぼんやりと憶えているだけなので、曖昧に答えた。
彼はそれを聞くとさらに怪訝そうに眉をひそめた。そして困惑した様子で、
「……今日は、六月十七日。君は今、二十歳だ。」
と、いった。
「私三年も寝てたの!?」
菖君の言葉に、反射的にそう返す。
三年、そんな長い間ずっと寝て過ごしていたのだろうか。そう思うと、何とも言えない虚無感に襲われた。
しかし、彼は頭(かぶり)をふる。
「違う。君が意識不明になったのは丁度三日前のことだ。おそらく、三年分の記憶が飛んだんだろう。」
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