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「まあ、わからないところは僕が出来る限り教えるからさ。……テストまであと一か月ちょっとだけど。」
「そんな短期間で遅れ取り戻せるはずないよ……! 高校の勉強すらちんぷんかんぷんだったのに。本当にどうしよう……」
頭をかかえながらそう嘆くけど、それで何が変わるというわけではない。むしろ、そんなことをしている暇があったら少しでも記憶を取り戻す努力をしたほうがいいだろう。
そうは思うけれど、この三日間で思い出したことは皆無。しかもめちゃくちゃ広いテスト範囲を二か月足らずで頭に叩き込まなければならない。なんていう絶望的な状況に立たされたら愚痴の一つも吐きたくなる。
……どうせなら、三年なんて言う中途半端な年数ではなく小学生くらいまで記憶が飛べばよかったのだが。なまじ自制心、というか現実を見ようとする精神が身についてしまったせいで、本気にはなれないが、あきらめるわけにもいかないという心況に陥っているのだ。
「僕も頑張ってサポートするからさ! 頑張ろう!」
菖君はニコリと笑って項垂れている私を元気づけた。
「……そうだね」
私は締まりなくにへら、と笑って、上体を起こした。
記憶がなくなって精神的に不安定な私に呆れることなく、そばにいてくあれる彼の姿が、大きな心の支えになっていた。疲れているけど、彼がそばにいると心のこりがほぐれていくような、そんな気がした。
「じゃあ、もしよかったらこの後僕の家で勉強しない?」
「良いの? バイトとか、サークルとか、忙しいんじゃない?」
「今日は休みだよ。それに、こんな状態の綺愛を放っておくわけにはいかないし。今は、君のことが最優先だから。」
彼は、楽しそうに笑った。
私が最優先、か。
昔は言ってほしくてもきくことがなかったそのセリフが、とてもうれしかった。
「……まず、一人暮らしの知識すらないだろうから」
「う……」
確かに、そういわれてみれば。一人暮らしどころか自分がどこに住んでいたかということまで完璧に忘れている。……それに、私を一人にしておいたら三食コンビニ弁当で部屋はごみ屋敷、なんてことになりかねない。自分で言うのもなんだが、私ほどだらしない人物なんてそうそう居ないだろう。
そう考えると、菖君の申し出はこの上なくありがたいものだ。……でも、多少気がかりなことはある。
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