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幸世とは頻繁にやり取りはしているが、和寿とは最初に一度会ったきりだ。それでも、その名前を憶えていたのは、かつて好きだった人の名前に似ていたからだ。
名前を憶えてくれていたことが嬉しかったのだろうか。
「お久しぶりです。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」
と、和寿はニッコリと満面の笑みを、佳音に向けた。
本当に「こんなところで」、和寿の言う通りだ。どうしてこの人はこんなに大きな街の片隅にある、こんな忘れ去られてしまいそうな花屋なんかにいるのだろう。
しかも、仕事帰りなのだろう。髪の毛もきちんとセットされ、ビシッとネクタイも締めたビシネススタイル。
特にそのスーツは上質な生地で、量販店で買った物などではなく、テーラーでその体に合わせて誂えられた物だと、佳音は仕事柄ひと目でそれを見抜いた。
この前工房に来た時よりも格段にきちんとしていて、その姿はこのうらぶれた花屋にはそぐわないものだった。
佳音は困ったように口角を上げて、軽く会釈をした。
仕事のことに関する場合だと幾分スムーズにコミュニケーションが取れるようにはなってきたが、もともと人に気を遣ったり愛想を振りまいたりすることが苦手な佳音は、こんな場合、どんなふうに対応していいのか分からない。
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