第二章

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 宗教テーマの博覧会が開催不可能と感じるのはなぜか。経済の問題か。テロが横行するからだろうか?図書館の宗教コーナーでは同じように棚に並んでいるのだが。    もし開催出来たら、博覧会終了後は最後まで残りそうな宗教が、その一帯を占めた記念公園でもつくるだろうか?日蓮系には邪教謗法でしかないのか。  一般的な博覧会の方々の相互の努力を血涙モノとしたら、宗教だと決死であるのは困りもの。  心の通じた宗教間対話だけでも快挙だから、せめて対話持続の会館は残したいものだ。  創価主宰だとそれが折伏になるんじゃないかな。  世界平和のつもりが、バトルになったらどうする?事前によくよく対話を成すのだ。  創価学会では人間の為に機構と財団とハレスを作ってお招きし、次のミレニアムでは競技して司法の報奨本位制をお知らせすべきだ。  宗教博は史籍事業を呼び覚ます。    
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