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てんとう虫にも似た一匹の小さな虫が、窓ガラスをよじ登っていた。 だがおよそ三分の一ほど登ったところで力尽きるのか、ころりと落下する。 下まで落ちてしまったのかと思っていると、やがて再び窓ガラスを登りはじめる。 どうやら窓枠のところで地上までの落下を塞ぎ止めているようだ。これでもう四度目。 どこへ行こうとしているか。 退屈な二次関数の授業をぼんやりと聞きながら、篠崎陽向(しのざきひなた)はじっとその虫のゆくえを追っていた。 窓の外には薄氷を張りつめたような灰青色の空が広がり、セルロイドのような白い太陽が滲んで見える。 時折くすくすと忍び笑う声や、男子生徒の「だからちげーっての」などと、授業にはおよそ関係のない会話が聞こえてくる。 誰も授業なんて真面目に聞いちゃいない。 大抵の生徒は塾や予備校に通っているし、陽向にはすでに前の学校で修得していた内容だった。 灰色のビル、立ち枯れた街路樹、けたたましいクラクション音。 全てが色を失くしたこの街へ、一人暮らしをすべく引っ越してきたのは半年前のことだ。     
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