その1。春の雨

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その1。春の雨

桜の季節。 私は後輩と待ち合わせたその店に急ぎ足で向かっている。 後輩は泣きそうな声を出していて 私は勤務の後、急いで着替えて電車に飛び乗った。 電車は4両編成の江ノ電なので、私の急ぐ気持ちとは裏腹に ガタゴトとのんびり走っている。 電車の暗い窓には ぱっつん前髪で黒い真っ直ぐな髪を後ろはでひとつに結び、 グレーのワンピースにベージュのコートを羽織った地味な印象の中肉中背の女が映っていた。 まあ、大きな二重の瞳は気に入っているけれど、 そう、美人というわけではない。 椎名 美鈴(しいな みすず)25歳。 地方の総合病院に勤める小児科病棟の看護師だ。 後輩のしおりちゃんが泣き声で電話をかけてきたのはついさっき。 一緒に勤務をして、私がリーダー業務で1時間ほど残ってから、 更衣室で着替えている時にスマホに着信があった。 しおりちゃんはかなり動揺して、声が震えている。 プライベートな相談のようだけど、 明るい2歳年下の女の子のはずだから、 ちょっと心配だ。 行きつけの店で待ち合わせの約束をして電話をそっと切った。
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