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『とにかくここを渡った先に絶好の狩場があるから、あんたらはあたしから離れないで、注意して素早く付いてくるんだよ』
母君の表情が引き締まる。その視線が捉えるのは、道路を挟んで反対側の田園地帯。
少し前まで我輩達は母君に首筋をくわえられて移動していた。しかしここまで身体が大きくなった今はそれも不可能。自力で移動するしか術はない。
我輩、細心の注意と共に道路を横断し始めたのだ。
母君の的確な判断のおかげで、今のところ自動車の姿は見えない。それでもドクンドクンと鼓動が高鳴る。毒の臭いで鼻がもげそうだ。
反対側に渡りきると同時に、後方を一台の自動車が凄まじい勢いで走り去って行った。正直冷や汗ものだ、あんな乗り物にぶつかって死んでは魔界の魔王としての沽券にかかわる。
『ちょっとあんた、そんな所でなにをしてるの!』
突然母君が叫んだ。それに呼応して我輩後方を振り返る。そして愕然となった。
『……ははぎみ、あにうえ……』
なんと次兄が道路の真ん中で立ち往生している。びくびくと落ち着かない様子だ。訳が分からずテンパったのだろう。
『愚か者、早くこちらに来るのだ!』
『渡れないなら、元の場所に戻るんです!』
我らが捲し立てるが、一向に動く気配はない。
パーパー! 耳障りな雑音が響いた。道路を一台の自動車が走ってくる。もくもくと撒き散らす黒煙、山のようにそそりたつ巨大な自動車だ。あろうことかそれと同時に次兄が走り出した。
『嘘でしょあんた!』
『何故このタイミングなのだ?』
響き渡るズドン! という衝撃音。それはあっという間の出来事だった。あまりもの惨劇に我が目をも疑った、言葉にも出来ぬとはまさにこのことだ。
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