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「にゃんこちゃん!」
不意に黄色い声が耳に響いた。中庭の中央で黄色い傘をかざした少女がしゃがみこんでいた。
『貴様は』
流石にたじろいだ、迂闊にも相手の間合いに足を踏み入れてしまったらしい。流石にこうして顔を見合わせると大きい、まるで巨人兵を見ている感覚に陥る。
『フギャ!』
しかも不覚にも首筋を掴み取られてしまった。
「にゃんこちゃん、めんこい」
顔を近付けて不敵な笑みを見せる少女。……なにを考えているか想像もつかない不気味な笑みだ。『人間なんて悪魔みたいな存在だよ』母君の台詞が頭を過る。寒さと空腹、去来する絶望でガクガクと震えた。
「にゃんこちゃん、お腹空いてんだばい」
しかし突然、少女が我輩を解放した。なにを思ったのか、邸宅内に戻って行った。
……我輩は助かったのか? あの少女はなにがしたかったのだ? そう思うが全ては虚しいだけ。人間の毒牙にはかからなかったが、いずれ空腹で野垂れ死ぬのが運命なのだから。
突然我輩の顔になにかがぶつかった。
「にゃんこちゃん、エサだばい」
それは少女の仕業だった。ぶつけたのはひと欠けのパン。しかも食べ掛けとは、無礼にも程がある。
……しかし芳しい香り、パンなど久々だ。我輩いつの間にかそれをガツガツと食しておった。
その様子を少女はしゃがみこんで見つめておる。つくづく無礼な奴だ。我輩の食事風景を覗き込むとは……
「愛実、どごさいんだい?まんまだよ」
邸宅から声が響いた。それは我輩の天敵である老婆の声。それで我に帰った。空腹で現実逃避したようだ。この少女、少なくともあの老婆の血族。毒でも盛られているのでは?
「にゃんこちゃんは隠れてんだよ」
しかしそれは取り越し苦労だったようだ。少女は嬉しそうに言い放ち、邸内に姿を消して行った。
どうして少女がこのような行為をしたのかは判らない。だけど少しだけ元気が出たのは事実。ほんの僅かだが、生きる勇気が湧いていたのだ__
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