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赤ん坊の時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまう。
恵子がそれに気がついたのは娘を産んで十ヶ月が過ぎてからだった。
出産直後は手足が細く、子猫のような心許無さだったのに、
今ではおっぱいではち切れんばかりに太った我が子は、転んでもキャッキャと笑うほど逞しい。
とはいえ、まだまだ目が離せない。
つかまり立ちを始めた娘は小用や家事で目を離すと、恵子をハイハイで追いかけ、その辺にあった物を何でも口に入れてしまうからだ。
(ゆりかごに大人しく寝てくれれば良いのにな)
彼女は出産前にアレコレ悩んで、平均より割高なゆりかごを購入した。
それはベビーベッドより小さく、高さの変えられるキャスターの付きの今風のゆりかごだった。ベビーチェアにもなる便利な物で、ピンク色のフリルがふんだんにあしらわれた少女趣味な物だった。
この乙女チックな甘いデザインに、娘を妊娠していた恵子は一目惚れした。
自分の服はユニセックスな物しか着たことがないのに、自分でも驚くほどこれが欲しくなってしまった。
娘の最初の誕生祝いとして贈りたかったのと、彼女とこれから過ごす母としての時間を大事にしたかったからだ。
そんなものは親のエゴじゃないか。夫は文句を言いながら承知してくれた。
「ベビーベッドだけで充分だろ。邪魔になって使わなくなりそう」
夫の予言通り、ゆりかごの出番は直ぐになくなった。
拘りを持って選んだゆりかごで娘が『赤ちゃんらしく』眠ってくれたのはたったの三ヶ月だった。
出産前の恵子の計画ではこの中で赤ん坊は一歳まで大人しく眠り、その間に自分は優雅に家事に勤しむ予定だった。
その目論見は見事に外れた。
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