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「これは俺の憶測でしかないんだが、きっとあの患者は自分を虐待する父親がいなくなったことで謝るべき対象を見失ったんだろうな」
それは私にとってとても理解し難いことだった。全身から力が抜けていくのが分かる。
「なら、先生はこうおっしゃりたいんですか?彼女は罪を着せるために里志くんを作り出したのではなく、誰でもいいから、ただ謝る相手が欲しいだけの理由で里志くんを作り出したと?」
先生は短くなった煙草の先端を灰皿に擦り付けると、どこか遠い目をしながら言った。
「皮肉だな。あの患者は父親の呪縛から逃れるために実の父親を殺したというのに、今もその父親の幻影に囚われているのだから」
私はそれで全てを悟った。
そうか……。彼女はいつしか『ごめんなさい』が口癖になってしまったと言っていた。そして父親を殺したところまではいいものの、今度はその口癖を誰に向けて言えばいいか分からなくなってしまったんだ。
謝りたくても許してくれる相手がいないのはきっと辛いだろう。だからこそ、彼女は自分が謝るに値する理由を妄想の中に追い求めていたのか。
「なんだか悲しい話ですね。殺してしまったとは言え、悪いのは父親のほうで、しかもこの世にはもういないのに、今もああやって謝り続けてるんですから……」
「何か悪いことをしたら、誰かに謝る。これって当然のことだけど、それを実際に言葉にするのは大人でも難しい。その分、俺達は恵まれてるよ。こうやって、謝る相手が目の前にちゃんといるんだからな」
「え?」
私は先生の言葉に思わず目を丸くする。
「申し訳ない。先週は君の誕生日だったのにすっかり忘れちゃって。最近君の機嫌が悪かったのはそのせいだったんだろ?本当にごめんなさい!」
先生は頭を地面にぶつけるくらいの勢いで振り下ろすと、私に小さな箱を差し出した。私はそれを恐る恐る受け取って、そっと蓋を開く。
「わあ、きれい」
なんと、そこには小さなダイヤが嵌め込まれた綺麗な指輪が収められていた。派手さこそ欠けるものの、奥ゆかしさがあって世界中のどんな宝石よりも輝いて見える。
「俺と結婚してくれ!」
突然のプロポーズにびっくりした私だったが、答えはすでに決まっている――。
「はい」
完
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