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父が私に手をあげようとしたその刹那、どこからともなく颯爽と現れた里志くんが父の前に立ちはだかる。
「あん?テメェ頭イカれてんのか?それとも何か演劇の練習でもしてんのか?」
「うるさい!里花に手を出すな」
里志くんは一層声を張り上げて、自分の体格の一回り以上もある相手にも果敢に立ち向かう。
その小さな両手にはハサミがぎゅっと握りしめられていた。
「おう、どうした?手が震えてんぞ。悪いことは言わねえ。いつもみたいに俺に謝れば今回は腹に一発だけで許してやるぞ。だから早くそれを下ろして――」
「うるさい……。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーい!!里花から離れろー!」
……それからどのくらいたったのかは分からない。気づくと、かつての父は物言わぬ骸と成り果てていた。辺りに血が飛び散って、それはまるで桜吹雪のように美しく思えた。
「あはははははははは。ざまあみろ。これで僕と里花の邪魔をする者はいなくなった。僕たちは自由だ!」
里志くんは両手を広げ、切り裂くような笑い声をあげる。
「どうしたんだい里花?そんな怯えるような目をして。君を苛める相手はもういないんだよ?ほら、笑ってよ」
嘘だ。あの誰よりも優しかったはずの里志くんが人の死を嘲笑っている。誰よりも私の幸せを願っていてくれた里志くんが人の幸せを奪って喜んでいる。
私の中の里志くんが大きな音をたてて崩れ落ちていく。これは私の知ってる里志くんじゃない!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
まただ。またあの声が聞こえる。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
……違う。私じゃない。私は何もやってない!殺したのは里志くんだ!
段々と瞼が重くなる。意識も薄れて視界が霞んでいく。
「さあ、行こう里花。君の幸せはこれから始まるんだ。あはははははははは!」
そして私の意識が途切れる最後に見た光景。それは薄笑いを浮かべながら恍惚とした表情で死体を見下ろす、私の顔だった。
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