第一話

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 その日も、僕は裏庭の奥まった場所に作った母様の墓参りに出かけていた。隣には飼い犬の八房も一緒だ。八房は屋敷の中で孤立していた僕の唯一の味方だった。僕が跨がれそうなほど立派な犬で、幼い頃からよく遊んでもらったものだ。 「八房、あんまり遅いと置いていくぞ」  藪をかき分けながら言うと、八房は小さくバウと鳴いた。賢いもので、大きな声を上げればここが見つかってしまうことを知っているのだ。僕は八房の首を一撫でしてやった。  時刻は夕暮れ時で、空は朱色に染まりかけている。それなのに纏わりつくような生温い空気はそのままで、夏が終わるのはまだまだ先だということが知れた。  僕はごわごわの毛皮を纏った八房の背に手を置きながら歩き、木の根元に隠すようにして作った母様の墓へと辿りついた。  しゃがみこみ手を合わせる。八房もぼくの隣に座った。目を閉じると、八房の呼吸音と、さわさわと風が葉を揺らす音だけが聞こえる。  こうしていると母様と八房と三人で、庭で遊んだことを思い出す。八房と僕が泥だらけではしゃぎまわっているのを、母様がよく諌めてくれていた。――もう届かない昔の話だ。
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