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予想外の問いに一瞬で血の気が引いた。グラスを持つ手が震える。ドキドキと自分の心臓の音が大きく聞こえてきた。
「去年…たまたま二人がラブホから出てくるところを…見たんです。
で、今日、支店長は東京から奥さんが来たって急に有給をとったんですよ。
そこに莉子さんのあざ。休みに何かあったんじゃないですか?」
ああ嫌だ。この察しの良さ。
一気に鳩尾のあたりを濁った感情が圧迫し、吐きそうになった。
「本社に…報告するつもりですか?」
ようやく出た声は自分が思っていた以上に固く冷たかった。
「あ、すみません。そんなつもりじゃないんです。
ただ…支店長。浮気の噂が絶えない人で…こっちには左遷だとも言われています。」
「あっは…!」
急に笑い出した莉子を天馬は驚きの目で見た。
近江の妻にビンを投げつけられ、もう二度と会わないと念書を取られた夜を思い出した。あざと念書で相殺にした理由はここか。この関係が明るみに出れば近江も後がないわけだ。
近江に何かを期待していたわけではないが、どこまでも打算と保身かとわかると全てがあまりに小さく、くだらないものに感じた。
「そうであるならば、もっと早く伝えるべきだったと今朝ものすごく後悔しました。」
「王子はどこまでもいい人なんですね。」
つい、嫌味が口をついた。
「僕はいい人なんかじゃない…単なる臆病者です。」
「で?その物分かりのいい上司から何のお話でしょうか?」
この時点でもうどうでもいいという気持ちになっていた。
「莉子さん。支店長との関係を解消して、僕と付き合ってくれませんか?」
クビを覚悟した後に天馬から出た言葉は莉子の想像の斜め上を飛んでいった。
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