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「ねぇ、繍(しゅう)さん、その事件の解決に繋がる決定的瞬間って、何だったの?」
「それはあのとき彼に尿意が起こらなければ、きっとこの事件は迷宮入りだった。
……それにしても尿意とは。……はぁ、まさか尿意がねぇ」
昼下がり。とあるマンションの一室。
そして花も恥じらう乙女の前で「尿意」を連呼しているこの男性。
賢木 繍(さかき しゅう)は、刑事をしている兄の親友で、同じマンションに住むお隣さん。……と言っても、知り合ったのは1年ほど前。
私が兄と一緒に暮らし始めた頃だ。
その頃、世間を騒がしていた【仏像詐欺事件】に偶然関わってしまった私を窮地から救ってくれたのが繍さんだった。
本職は普通のサラリーマンだけど、繍さんには私がまだ知らない副業がいくつかあるらしい。そのうえときどき探偵のような仕事もしているという謎の人だ。
「ミステリーと推理が好きなだけ。真似事だよ」と本人は言うけれど。
警察から捜査の協力を頼まれることもあるみたいだし、なにより兄が一目置いてる人物だと感じるときがある。
つい最近も、難事件を解決したばかり。
今回の事件は「アイドル王子」とも呼ばれている売れっ子若手俳優が巻き込まれた事件で。
解決に導いた「謎の名探偵」として、近頃は繍さんのことがほんの少しだけお茶の間の話題になっている。
でも繍さんは素人探偵の一般人なので、実名や顔が公になることはないけれど。
私はちょっと心配だ。
繍さんにはあまり有名人になってほしくないというのが本音。
だって繍さんはとても素敵な人だから。
彼のファンが増えるのは嫌だもの。
恋のライバルは少ない方がいいに決まってるし。
「でも犯人はなぜアイドル王子を狙ったのかな」
「主演の映画で演じる役が、アイドル王子として相応しくないからという理由だったな」
「確か「貧民」の役だよね。意外性で話題になってた」
「そう。彼の熱烈なファンだった犯人は貧民を演じる王子が許せなかったようだね」
「えー!それだけの理由?
彼のファンなら応援するべきなのに」
「でも犯人は過去にストーカー的な行為もしているから。
自分だけの理想の王子が役柄で崩れるのさえ許せなかった……そんな歪んだ愛情があったんじゃないかな」
「そんなの愛って言えるのかな。自分勝手で、他人に迷惑をかける愛なんて」
「そうだね。でも最初は純粋な想いでも、変わってしまう愛もあるから……」
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