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「今週は残業する曜日もあるから夕飯は遅くなるかもしれないよ?」
「お兄ちゃんだっていつも遅いから大丈夫です」
「じゃあ…… まぁ、1週間よろしく」
「やった!嬉しいっ」
「嬉しい? こんなおじさんのご飯作ることがそんなに嬉しいのかい?」
「繍さんは私の中で「おじさん」じゃありません」
「でも僕は君が産声を上げたとき、思春期真っ只中だったんだよ」
「歳の差なんて平気です」
……って!
私ってばなんかコレ、何気に告ってる!?
……でもまあ、いいか。
今日は特別な日だもの。
「歳の差があっても誕生日は1日違いなんだから。これも立派な奇跡ですよ」
偶然にも、私の誕生日が昨日で、今日は繍さんの誕生日なのだ。
「奇跡か……。そうだね。
蒼衣ちゃんと話してるとたくさんの奇跡に恵まれそうだな。
昨日は仕事が忙しくて会えなかったからまだ言えてなかったけど。
改めて、誕生日おめでとう蒼衣ちゃん」
「繍さんも、お誕生日おめでとう。
今夜は何食べたいですか? 私今からお買い物行きますね」
「じゃあ一緒に出かけよう。このまえ蒼衣ちゃんが言ってたお店、検索しておいたんだ。デザートのケーキが美味しい店をね」
「ーーー ほっ、ほんとに!?」
「ああ、でもその前に行きたい所があるんだけど……」
「本屋さんでしょ」
「よくわかったね」
「わかりますよ。今日は繍さんが愛読している作家さんの新作発売日ですから。
確かタイトルは「牧師探偵Mの飼育プレイ殺人事件」ですよね?
私にプレゼントさせてください。
そのかわり繍さんが読み終わったら私にも貸してね。
でも飼育プレイって何なんだろ……」
出かける支度のために立ち上がった繍さんが、なぜか小さくため息をついた。
「まったく君って子は………。さて、なんだろうね。食事しながら君の推理を聞かせてもらおうかな」
どこか意地悪な雰囲気で言う繍さんは妖しいけど綺麗で。
なんだかとても悔しくなった。
私は繍さんの日常に嫉妬してるのかもしれない。
彼の日常には彼が愛するミステリーや推理や謎解きがたくさんあって。
私は少しでもその愛が自分に向いてくれることを望んでいて。
そんな奇跡を期待している。
ときには落ち込みながら……
それでも楽しみながら。
でもそんな想いで日常を満たせることは
きっと………
とても幸せなことかもしれない。
『S氏の愛する謎的日常』(終)
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