声真似

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声真似

 長期休暇で帰省したら、実家の両親が九官鳥を飼っていた。  なつっこしい言葉も覚えもいいから、俺もすぐにかわいいと思うようになり、自分からあれこれ世話をした。  九官鳥の物真似十八番は雀の鳴き声で、窓際に籠を置いて鳴き真似をさせると、外の雀が何羽も寄ってくる程だ。  それがおかしくて、よく真戸部で九官鳥を鳴かせていた。  そんなある日。  地元の友達と久しぶりに会い、夕方前くらいに帰宅したのだが、両親揃って出かけているのか、家には誰もいなかった。  別にそれはどうでもいいので、九官鳥を構おうと思ったのだが、リビングのいつもの位置に籠が見当たらない。  どこか別の部屋に籠を移動させたのか。それとも両親が外へ連れ出しているのか。どちらだろうと思った時、両親の部屋から声が聞こえた。  母親の声だ。俺の名前を呼んでいる。  なんだ。母親は部屋にいたのか。  呼び声に返事をしながら部屋に入ろうとした時、スマホに着信があった。  電話をかけてきたのは母親だった。でも、部屋の中からは確かに聞き慣れた声がする。  咄嗟に場所を変えて電話に出ると、相手は間違いなく母親だった。急用ができて夫婦で出かけているから、夕食は自分で何とかしてほしいと告げて通話が途絶える。その間にも、両親の部屋からは俺を呼ぶ声がずっとしている。  母親は家にいない。なのに呼ぶ声がする。これはいったい誰だ?  戸惑う俺の意識を九官鳥の存在がよぎった。  あいつは頭がいいから、母親が呼ぶ俺の名前を覚えたのかもしれない。そして、帰った俺の気配に気づき、俺を名前で呼んでいるのかもしれない。  安堵して部屋に入ろうとした瞬間、今度は名前と一緒に微かに鳥の鳴き声が聞こえた。  雀だ。雀が鳴いている。さっき外から見た時には、窓も開いていなかった部屋の中で? というか、確かに雀そのものだけど、数日とはいえ世話をしていた俺には、それがうちの九官鳥の声真似なのかどうかは判るんだよ。  雀の声は九官鳥のなき真似だ。…だったら俺を呼ぶ母親そのものの声の方は?  部屋には入らない。その上で、このままそっと家を離れる。  下手に声の正体を知ろうとするより、これが、俺の取れる最良の選択だろう。 声真似…完
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