第2章 依頼人

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 天候や気候に恵まれた事もあり、旅は順調に進んだ。やがてがらがらと音を立てて回る馬車の車輪の揺れも気にならなくなってきた頃、ビックスローはぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。 「オラの村は…なんというか独特なもんだで、オラはそれが嫌で村さ出ると言い出したときはおっかあは大反対しただ。」 「なぜ出ようと思ったんだ?平和でいい所なんだろ」 「その時は、なにも変化のない毎日を過ごすのが嫌でたまらなかっただ。なによりオラは村で一番力も強かったし手先も器用だった。村から出て立派になって帰って来れる自信があっただ。」 「それで家を飛び出した…と。」 「んだ。大げんかした勢いでな。んだどもすぐにオラは世間知らずだったと思い知らされただ。世の中にはオラより強いヤツも、オラより器用なヤツもたくさんいたし、村の暮らしとは違い過ぎただ。」  そこまで話すとビックスローは背中を丸め下を向いて顔を伏せた。 「そんな事よりもオラの話す言葉や、見た目で差別される事が一番辛かっただ。 見た目があやしいというだけで泥棒だと言われたり、話し方が変だというだけで殴られたりしただ」  ビックスローの放つ声には差別や侮蔑に対する怒気と悲哀をはらんでいた。 ルーイは何も言わず、ビックスローの肩を強く抱いて大きく頷いた。 「あっちこっちを転々としてるうちに、家から持ち出したものはおっかあのくれたこの椅子だけになっていただ。オラは寂しくて仕方ねかったけんども、今更家には帰れねえからこの椅子だけは失いたくなかっただよ。」  ルーイが長年仕事をして来た中でも見た事がないと賞賛するような手入れが施してあったり、わざわざ遠い町からルーイの元を訪ねてきた意味がようやく分かった。 「ところでひとつ聞きたかったんだが、おメエさんなんで“ビックスロー”なんて名前なんだ?見た所、そんなに大きくもねエし、そんなにノロくもねエだろう?」 「それは…んー…たいした理由は無いだよ。む、村に行けばわかるだよ。」  ビックスローはもごもごと口ごもり、それきりしゃべろうとしなくなった。
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