231人が本棚に入れています
本棚に追加
/744ページ
遠く、地平線に、ローランド城下町の城壁が見える。
「もうすぐだからな!絶対に寝るなよ!」
ずっと背負った少年に声をかけながら、ゼロはひたすら走る。
「……とめて……ください…………。」
そんなゼロを制止する、少年のか細い声。
思わず地を滑り、その勢いを止める。
「止まったら危ないんだぞ! 城下に着けば、お前は……」
「……きっと、そこまで持ちません。」
ゼロの希望を砕く、少年のひとこと。
分かっていた。
たとえ城下に着こうとも、すぐに僧侶や神官がつかまるとも限らない。
探している間、少年が持ちこたえる保証など、どこにもなかった。
それでも。
少年には、生きて欲しかったのだ。
「……くっ」
奥歯を噛みしめ、少年を降ろし抱き起こす。
「姉さんに……これを。」
少年は、震える手でゼロに向かって指輪を差し出す。
翡翠の宝玉が付いた、美しい指輪だった。
「つけてると……とられちゃう……から。」
震える手は、次第に下がっていく。
ゼロはその手を力強く握り、指輪を受け取った。
「鷹の目の指輪……。僕が弓、下手だから、姉さんがつけてくれた……。その指輪をつけた姉さんは……むて……き」
少量の血を吐く少年。
「……んなもん、お前が直接渡せ!何……死ぬ気でいやがんだよ!」
きっと、少年はここで死ぬ。
それはもう、必至だ。
それでも、ゼロは簡単には認めたくなかった。
「姉さんに……伝えて。……ありがとう……って。」
少年は、最後に精一杯の笑みを浮かべると、静かに目を閉じ……
「寝るなって!……テメェ男だろうが!」
……そして、絶命した。
力の抜けた少年の亡骸を、手近な岩に寄りかからせ、
「ちょっとだけ、待ってろ。こんな下らねぇ内乱、とっとと片付けて……ガーネットが迎えに来るから。」
城下の影に背を向け、砦へと向かう。
(何が内乱だ……民のために、とか言っておいて、その民が殺される……ふざけんじゃねぇぞ!)
激しく沸き起こる、怒り。
叫びだしたくなるような衝動を必死に堪え、ゼロは砦へと走る。
本当は、宰相をこの手で斬り捨ててやりたい。
だが、その役目は、自分のものではない。
「宰相……お前は、絶対に許さねぇからな……!」
翡翠の宝玉が光る指輪を握り締め、足が千切れそうなほど、走った。
そんなゼロの背を、朝日が照らす。
夜が、明けようとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!