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刺客の女は、辛抱強く清次が来るのを待った。
最近では、滅多に外では遊ばなくなった黒津の清次が、此処なら必ず来る筈だと踏んだ女は、『おかまバー・志緒』に潜り込んだ。
「運よく下働きの女を手に入れた」、と思っていた志緒ママだったが、まさかそれが仁龍会の放った刺客だとは考えても見なかった。
それに、仁龍会の息がかかっていた『クラブ・純』は、あの襲撃事件のすぐ後で閉店している。
黒津組のシマから手を引いた振りの仁龍会は、手打ちしたと見せ掛けて、清次が油断するのを待つ事にしたのだった。
「急いては事を仕損じる」、と思ってはいるが。「目の上の瘤は、早めの始末が大事だ」、が仁龍会の組長である浮田の口癖だった。
雇われてから一ヶ月ほどが経過したある日、刺客の女にチャンスが訪れた。
夏子もそろそろ妊娠初期を抜け、四か月の半ばを過ぎて安定期に入った。悪阻も治まって見れば、何時までも閉じ込められて居るのは、凄く苦痛だ。
清次の目を盗んで、志緒ママに会う為に千葉の屋敷から脱走して来た。
若い組員の軽のワゴン車を無理矢理に取り上げ、久し振りに自分で運転して脱走。
清次が組事務所から帰るまでに、千葉に戻ればバレないし大丈夫の筈。
出し抜いたと思うと、楽しさが倍になる。
午後の早い時間に行けば、まだ店は準備中のはず。『おかまバー・志緒』の営業準備には誰よりも詳しい。
「志緒ママ、久し振りですねぇ」
楽しそうに入って来た夏子を見て、志緒ママは固まった。
「まさか・・若に内緒で、来たんじゃ無いわよね」、不安が押し寄せる。
「勿論、そのまさかに決まってるじゃない」
不安が的中だ。
「ねぇ、料理を手伝いましょうか」
言い乍ら、既に白い割烹着に手を通して、バーの奥にある小さな厨房に消え様としている。
「やめてよ。若に見つかったら、殺されちゃうじゃ無いの」
必死の志緒ママが、行く手を塞いで夏子を押し戻した。
「それにねッ!今は料理番の女も、チャンと雇ってるのよ」
志緒ママが、大慌てで手伝いを断るから面白くない。
そこへ料理番の中年女が、出勤して来た。
店の中に入って、志緒ママと親しそうに話しているオカマには見えない綺麗な女を見付けた料理番の中年女は、訝しく思った。
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