2章

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 死体の押し込まれた2つのスーツケースを引っ張りながら公共の交通機関を利用するのは、相当な疲労だった。  体の不自由な人が利用するエレベーターを積極的に活用しながら、なんとか目的地周辺の駅までたどり着いたが、ここからが大変だった。  何故かエレベーターが点検中なのだ。それでもエスカレーターさえあればなんとか地上に出られるはずなのだが、誰が設計したのか、このご時世にどうやっても普通の階段を使わないと外には出られないようになっていた。バリアフリーはどこにいったのか。  僕は途方にくれていた。  後ろを振り向いたがロメ郎の姿はない。何が後ろを付いていくだ。  でもやるしかない。  一つずつ運ぶことにした。  最初にハードタイプのスーツケースを両手で持ち上げ、一段一段慎重に上がっていった。70キロ以上あるが、取っ手部分が壊れてしまわないかヒヤヒヤしていた。  ようやく地上に出ると、ドット汗が吹き出してきた。もう一回同じことをしなければいけない。次はソフトなスーツケースだ。指にはほとんど力が入らなかった。  階段を降りると膝が笑い、手すりに掴まらなければいけないほどである。一番下の段から地上の光を見上げ、大きく深呼吸をした。歯を食いしばり、滴る汗を何度も拭いながら上がっていった。この汗が盲点だった。取っ手が汗で滑り始めたのだ。中段まで上った時に、それは起きた。  指の間からスルリと取っ手が抜けると、スーツケースは「ガンガン、ガン」と不規則に跳ねながら下まで落ちていったのだった。
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