2章

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 僕は食事中に一度会場を抜け出し、トイレに向かった。尿意が襲ってきたからではない。自分の周囲に漂っていた空気をリセットしたかっただけである。無理やり小便を出してから、鏡の前で整髪した。  便所から出た瞬間、僕は脱糞しそうなくらいに驚いていた。例の女が出口で待ち伏せしていたのである。寂しそうに冬空で恋人を待つような仕草で彼女は立っていた。僕は軽く会釈をして前を横切ろうとした。 「ねえねえ」女は馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。 「・・・・・・はい」僕は顔を紅潮させながら振り向いた。 「君の隣りに座っている12番の人と、仲良くしてるでしょ?」 「まあ・・・・・・はい」甘い香水の香りに僕は酔いしれていた。美人は糞でさえも良い香りがするのだろうか。 「気をつけたほうがいいよ、あの人」 「なんでですか?」 「嘘つきだから。ていうか、基本的にカニバ同士は仲良くしないほうがいいよ。食用の家畜に名前をつけたら駄目なのと一緒ね」 「あなたの方こそ信用できませんよ」僕はわずかに熱を帯びて反論した。 「君がカーニバルに入会した時に、13番の席が空いていたから、そこが割り当てられたのよ。カーニバルは人数制限があるからね。空席待ちの状態なのよ。でもなんで12番の隣の席の13番が空いていたのか、考えたことある?」 「・・・・・・」僕は何も言い返せなかった。 「どうせあの男は私のことをボロクソに言ってるんでしょ。気をつけてね。あいつが何者なのか気づいた時は、もう遅いかもしれないけど」女は笑いながら女子便所の中に消えていった。
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