1章

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 全ての始まりは、大手コンビニで売っていたジャーキーからだった。  なんとなく手にとって、カゴの中に放り込んだのが過ちだった。  自宅に戻り、さっそく袋を開けてジャーキーを1枚だけ取り出すと、奥歯で噛み締めた。ちょっとしたストレスなら発散されそうなくらい硬い歯ごたえだったが、しばらく咀嚼していると口の中に徐々に広がっていく肉の旨味に酔いしれることができた。 「うめぇ」と独り言が自然と口から漏れ出してしまうほど。  不思議なくらいに頭が冴え、朝までノンストップで勉学に勤しんだ。受験生にとっては魔法の干し肉である。  その日を境に、ほぼ毎日コンビニでジャーキーを購入するようになった。  売り切れていると機嫌が悪くなるくらいにハマってしまったのである。大量に入荷されていれば大人買いをしたし、メーカーに問い合わせて買ったこともある。成績は急上昇で、難関私大も視野に入ってきた。  しかしある日突然、まさかの販売中止。    歩いていける範囲のコンビニを数か所回ったが、手に入ることはなかった。  焦った。  漢字の読み方の分からない町にまで遠出して店を訪ねたが、そこにもジャーキーは売ってなかった。売っていた事実を意図的に隠しているかのように、こつ然と姿を消したのだ。メーカーに直接電話をしても繋がることはなかった。  あの味をこれから先、二度と味わうことができないなんて信じられなかったし、信じたくなかった。日本人から米を取り上げるようなものだ。  勉強が手に付かなくなるほど憔悴した。子供の頃からかわいがっていた愛犬ボロが死んだ時のペットロスなんか比較にならないくらいのジャーキーロス。  それから数日が経ち、ある不思議なニュースが流れた。  食品加工の会社が原材料を偽装していたため、営業停止処分をくらったのだ。  会社名を見て、僕はすぐにピンときた。 「あのジャーキーの会社だ・・・・・・」と。
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