26人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ
僕は車を降りると、振り向かず、まっすぐにビルの入口に向かった。見取り図は既に頭に入っている。自動ドアを抜けると、目の前には古臭いエレベーターが鎮座し、左の壁には趣味の悪い店の名前が書かれた銀色のプレートが階ごとにずらりと貼られていた。ほとんどが飲食店だったが「○○興業」という名称の会社が上層階にいくつかあった。
エレベーターに入ると迷うことなく2階のボタンを押す。微塵も恐怖が沸かなかった。楽しみなくらいである。死を前にしてモルヒネを打たれた患者みたいな精神状態だ。
エレベーターの扉が開くと、華やかな装飾の施されたドアが目の前に現れた。シャーリーの言うとおり、鍵は掛かっていない。
ノックをせずに中に入ると、巨大な日焼けサロンの中に入ってしまったかのように、青いライトが多用されていた。
入り口から1番遠くにあるシートに3人の男が座っている。ヘビ柄のジャケットを着たハゲデブが写真で確認したオーナーの陳であり、黒縁メガネをしているスーツ姿の男が支配人。
「お? 来たか」支配人が僕に手を振っていた。
「はじめまして。よろしくお願いしまーす」僕は適当に挨拶をした。
「とりあえず座って」支配人に促されるまま、シートに座った。
「え?と、笠原君、志望動機は何かな?」支配人はビジネスな笑顔で話しかけてくるが、オーナーは口を閉じたまま、鋭い眼光で僕を睨みつけていた。
「お金です」ストレートに応えてみた。本来ここで面接を受ける予定だった本物の笠原君は、外で待機しているシャーリーの車のトランクで寝ている。
「・・・・・・素直だね」
「ここに来たらお金を稼げると聞いたので」
「君の努力次第だけどね」
「やる気は誰にも負けません」
僕はそう言いながら、ベルトに挟めておいたナイフを抜き取り、支配人の首に向かって最短距離で押し込んだ。
支配人はとっさに利き腕で防御したが、ナイフは手のひらを貫通してから、首に刺さっていた。
オーナーは目を丸くしながら、首から血を吹き出している支配人を凝視していた。僕はナイフを抜き取ろうとしたが、支配人の手がナイフを握りしめていたために、すぐに抜くことができなくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!