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塾は僕の家から自転車で片道三十分、一山越した所にある。民家がほとんどない山の坂を登ってから、その低い頂を越して今度はずっと下る。僕の家とは反対側の麓に塾はあった。
僕が塾に行くときに坂を上っていくと、白い建物が見えてくる。療養所だ。
僕の田舎はかなりひなびた所だから、当然、静かで空気も水も澄んでいる。汚れきった町で病んだ人達には、理想の療養環境だった。
四月に入ったばかりのその日、夜の八時を少し過ぎた頃、僕はむしゃくしゃして塾から帰っていた。この間の数学のテストが採点されて戻ってきたのだ。三十点。だが、点数が悪かったから腹を立てているのではなかった。ろくに勉強もしないで点数が悪かったと腹を立てるほど僕はバカではない。
僕は自分の軟弱な心を知ってしまったのだ。それがわかったから、猛烈にむしゃくしゃしていた。
僕は心のどこかで、何と『高校に行きたい』と思っていたのだ。返されたテストを見たとき悔しいと思った。もっと点数アップしたいと思った。風来坊になるはずの僕が、社会の風潮にまんまと乗せられて、心のどこかで高校受験に向かって態勢を整えたがっていたのだ。中学三年を目前にして、その気持ちが僕の表面に現れてきた。
僕は塾に行って一緒に勉強する仲間達を見て、いつもわずかに変な不安を感じていた。その意味がその日はっきりとわかった。その小さな不安は、周りがどんどん勉強して、僕との差を確実に開いていくところにあったのだ。
滑稽だった! 旅の風来坊を夢見ていた僕なのに!
僕は自分の心に裏切られたような気がした。あんなにつっぱって、必死に受験勉強するやつらを心の中で見下していたのに…。どうしたらいい!
僕は自転車を猛烈にこいだ。急な上り坂もものともせず、一気にこぎ上がろうとしたとき、たくさんの桜の木々が目に入ってきた。
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