4.桜子の悩み

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 桜子はこんな風に必死な様子のときは、飼い主に懸命に応えようとする黒い瞳の白い子犬みたいだった。健気で可愛い表情になる。だから、さっきのようについ抱きしめたくなるのだろう。もちろん、もう彼女の許しなしにそんなことをするつもりはないが。  僕はちょっと笑って言った。 「ありがとう。でも念のために、今言ってくれたこと録音しておきたいな。後で裏切られたときのためにね」 「壮太君ったら、私はほんとにそう思って言ったのに、からかわないでよ」桜子はぷんとむくれた顔をした。  だが、これで部屋の中の気まずい空気も溶けていった。僕は笑いながら自分の腕時計を見た。 「もう四時近いなあ。君さ、少し疲れた顔してるよ。休んだほうがいい。熱が下がったばかりなんだから。僕はこれで帰るよ。また別の日に話そう」 「もうそんな時間? 壮太君といると時間が経つのが早いなあ。ねえ壮太君、気を悪くしてないよね? 都合のいい日があったら、また来てくれる?」  桜子は寂しい子犬のような表情で僕を見た。僕は安心させるように答えた。 「うん。もう始業式が始まるから、平日には来れなくなるけど、今度の日曜でも…?」 「ああ、よかった。『そのうちね』なんて誤魔化されるかなって心配しちゃった。壮太君、今度は教科書やノートも持っておいでよ。一緒に勉強しようよ。二人で勉強したらきっと楽しいと思うよ。学校や塾で習ったことを私にも教えて」桜子ははしゃいで言った。 「え~! 僕は人に教えるほど頭よくないよ」僕はうろたえて抗議した。 「大丈夫よ、もし壮太君がわからなくなったら、私も一緒に考えるから。いざとなれば、ここの高校生のお姉さんにきけばいいもん」 「ふ~ん。じゃあそうするかな。言われてみれば、苦手な数学や英語の宿題なんて、一人で勉強してると気が滅入ってくるもんなあ。それじゃ、このジュースもらっていくね」 「待って、そこまで送っていくわ」 「いいよ、ここで」
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