4.桜子の悩み

8/9
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/138ページ
 僕は桜子を制して、飲みかけの缶ジュースを手にして、それを挨拶代わりに振ると部屋を出た。  桜子は名残り惜しそうに「さよなら」と言った。僕は桜子がとてもいじらしかった。  僕は中庭に出て桜の大木まで歩いていくと、それを見上げた。桜の大木は空を支配しているかのように広く枝を張り巡らし、ごつごつしてくねっている褐色の幹はいつ見ても逞しかった。ただ逞しいだけではない。この大木はどこか品のある風格を感じさせた。桜子が「王者」と名づけた気持ちがよくわかるような気がした。  樹齢が何百年であろうと、この大木はまだまだ十分な生命力を体内に蓄えているかのようだった。僕は木の裏側に回って人から見られない位置に来ると、こわごわ幹に耳をつけてみた。桜子が言っていたように、中の樹液が流れる音が聞こえないかなと思ったのだ。だが僕にはそんな音は何も聞こえなかった。別に期待してなかったから何の落胆もなかった。  それに僕は桜子が聞こえると言ったのも、そう、確かに彼女には聞こえたのかもしれないが、それは女の子のおセンチが聞こえたように錯覚させているんだと思っていた。それでも僕は桜の大木に向かって真剣な声で言った。 「ねえ、桜子は君を『桜の王者』って呼んで、大切な親友だと思ってるんだ。だから桜子を助けてあげてよね。僕は学校と塾があるし、中三になって受験勉強するとなると、あまりここには来れない。桜子はここの人達は親切だって言ってたけど、お父さんもあまり来れないらしいし、本当に心を打ち明ける親しい人がいないんだ。僕もできるだけ彼女の力になるから、君もそうしてよ。桜子は自分がおかしくなるんじゃないかって心配してる。時代劇みたいな変な夢を何度も見るって言ってる。僕はお医者さんじゃないし頭も悪いから、桜子にどうしてあげたらいいかわからない。王者で親友の君が桜子をたくさん慰めて助けてあげてよ。頼んだよ」
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!