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風が吹いてきて枝がゆらりと大きく揺れた。僕は桜の大木が返事をしてくれたような奇妙な錯覚に陥った。桜子が、大木にはこちらの言っていることがわかるんだと言っていた気持ちがわかるような気がした。
僕は軽く幹を叩くと、そこから離れ、ジュースを飲み干しながら療養所の入り口に向かい自転車に乗った。
それから僕は、桜子と出会った場所で自転車をとめた。そして雑草のはびこる中をずんずん分け入って桜の木々にたどりついた。僕は木の側まで来ると軽く幹を撫でながら小さな声で、
『この間は乱暴してすまなかった』と謝った。
療養所の周りの桜の木々は、中庭の「桜の王者」よりはずっと若く細かったが、蕾はまだたくさん残っていた。それは開きかけており見頃はもうすぐのようだった。
僕がこれで桜子との約束は果たしたと顔を上に向けると、三階の窓から、にこにこしてこちらを見下ろしている桜子の顔が小さく見えた。僕が手を振ると彼女も振り返した。
僕は晴れ晴れとした気持ちで帰宅の途についた。
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