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僕が肩で激しく息をしながら振り向くと、月明かりに白く浮き出た道に、僕と同じ歳くらいの青白い顔をした女の子が立っていた。
走ってきたのか、少女は苦しそうに息をしていた。ピンクのパジャマに赤いカーディガンを羽織り、長いお下げを両肩に垂らし、訴えるような目をして少女は僕を見つめていた。しかし咎めるような視線ではない。悲しむような、自分の身内が叩かれているのを見てはいられないというような、苦痛の目で見ていたのだ。
僕は急に自分のしていたことが恥ずかしくなった。誰が見ても、その時の僕はとんでもない乱暴者に見えただろう。
しかし、なぜか少女は僕をそんな風には見ていなかった。少女はもう一度、
「お願い」と苦しい息の中からすがるように言った。
彼女は、ただただ桜の枝を叩くのを止めてほしいだけのようだった。僕は最高にきまりが悪かったが、少女が僕に「お願い」をしていることにほっとして、それでもかっこがつかないから、持っていた枝を乱暴に捨て、ふてくされた顔をしてみせた。
悲しそうな少女の顔は、見るからに安堵した表情に変わった。そして自転車の方に歩きだした僕に、恐がりもせずに近づいてきた。そして嬉しそうに、
「ありがとう」と言った。
ピンクの花柄のスリッパを履いているところを見ると、いや、スリッパなんか履いてなくても、この辺りに民家はないのだから、療養所に入っている子に違いなかった。
「あのね、あそこからあなたが見えたの」
僕の側まで来て、やっと息が静まってきたお下げの少女は、療養所の上の階を指さしながら話しかけてきた。療養所の建物は三階建てだが、少女はその三階の端の窓を指していた。ここからは建物の窓は小さく見えるだけだが、そのほとんどが明かりはついているが閉まっていた。だが少女が指さした窓は明かりがついておらず、窓は開いたままだった。
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