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「一体どの面下げて帰って来たのよ」
それが、コーサクが帰って来た時の、妻の第一声だった。
「何って、サヨの誕生日の準備を……」
「貴方が捕まってる間、こっちは大変だったんだから。特に、サヨは大学生って言う大事な時期にいじめられてね。痴漢の娘だ。って」
返す言葉が見つからないコーサクへと、妻が一枚の紙を突き付ける。
「離婚届、判押してくれるわよね」
「ショーコ、済まなかった」
コーサクは額を地面に付け、土下座をしたが、妻は地面に離婚届と判子を置いた。判を押すまで許すものか。無言ながらも、態度がそう物語っていた。
「ショーコ、でも俺は何もやってないんだ!」
「でも、認めたんでしょ! 世間から見たら、やったも一緒なのよ!!」
妻はそう言うと、玄関から居間の方へと去っていき、扉を閉めてしまった。もう駄目か。無情な足音を聞きながら、コーサクは離婚届に判を押し、家を出て行った。
家を出てからのこと、まるで自然と戸が閉まるのとリンクするかのように、コーサクの目の前の光景はゆっくりと動いているかのように見えた。
視線の先には、愛しの娘と、数人の青年がいた。
「お前の父ちゃんちかんだろ?」
「ち・か・ん、ち・か・ん!」
年甲斐もない言葉で娘へと悪口を言う青年達。青年達にいじめられる娘を、守りにいってやることも出来ない。胸が張り裂けそうで情けない気持ちになったが、今出ていけば、彼女を余計に傷つけることになるだろうコーサクは、娘に背を向けて歩き出した。
そんな、救いようのない程の男への唯一の励ましのようだった。
「父さんのこと悪く言うな! 私は父さんのことを信じてる!!」
娘が、青年達に向かってそう叫んだのだ。
思わず、コーサクは娘の方を振り向きそうになった。しかし、今駆け寄っていっても、更に彼等のいじめの標的となるだけ。コーサクは前を向き、そして当てもなく駆け出した。
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