似て非なる

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玄関のドアを開けると、目の前いっぱいに桜が揺れていた。こぼれた花弁は風にふわりと舞う。 窓は北向きだし、壁は薄いし、収納スペースはないし…欠点のたくさんあるアパートだけれど。桜の存在が全てを帳消しにしてくれる。 「絶景かな」 俺はぽつりと言って部屋の鍵をかけた。 桜。サクラ。そういえば昔、サクラという名前の柴犬を飼っていたな。 幼い頃の写真には、必ず俺と写っている。 短くて少しかたい毛並みとか、くるりとした丸い瞳とか、温かさとか匂いとか、わりと今でも覚えている。 俺が小学一年のときに生まれた妹がアレルギー体質で、サクラが原因ではないのだけれど、結局、父の知り合いに貰われていった。 それから一度も会っていない。何度も会いに行きたいと駄々をこねたが無理だった。 今なら、里心がつくといけないから会えなかったのだとわかる。 サクラはまだ生きているだろうか。 名前を呼ぶとわっとかけてくるし、呼ばなくてもついてくる。
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