黒川晃(40)

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何か言いかけた茜を黙らせたのは、娘の詩織だった。 まだ世間の「空気」が読めない無垢な2歳児は、無邪気に俺たちの間に割って入り、兎のぬいぐるみを茜に差し出していた。 「ありがとう、しぃたん。上手にどうぞできたね」 もう随分と俺には見せたことのない、極上の笑顔でぬいぐるみを受け取る。 母親に褒められ、詩織は得意げな表情で俺を振り返った。 黒目がちの大きな目に、長い睫毛。整った目鼻立ち。 まるで茜をそのまま小さくしたかのようだ。 ぷくぷくと柔らかそうな頬はほんのりピンク色に染まって、我が娘ながら、人形のように愛らしい。 思わず俺の口元は緩んでしまう。 顔だけは茜に似ていて良かった。 だけどな、詩織。 絶対、母さんみたいな女にはなるなよ。 そう心の中で呟いた。 茜とは結局その日、一言も口をきくことなく、 翌朝もそれを引きずったまま、俺はウチを出た。 声をかけたところで、どうせ俺の顔は見たくないだろうし、俺も笑って行って来ますと言うつもりはなかったからだ。 歩いて行く時、そっとチェーンをかける音がして、それがまた俺の神経に触った。 うちを出てすぐ、近所の若夫婦と出くわした。 二人は暫しの別れを惜しんでか、切なげに見つめ合いキスをした。 俺は悪いものでも見たような気分になった。     
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