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何か言いかけた茜を黙らせたのは、娘の詩織だった。
まだ世間の「空気」が読めない無垢な2歳児は、無邪気に俺たちの間に割って入り、兎のぬいぐるみを茜に差し出していた。
「ありがとう、しぃたん。上手にどうぞできたね」
もう随分と俺には見せたことのない、極上の笑顔でぬいぐるみを受け取る。
母親に褒められ、詩織は得意げな表情で俺を振り返った。
黒目がちの大きな目に、長い睫毛。整った目鼻立ち。
まるで茜をそのまま小さくしたかのようだ。
ぷくぷくと柔らかそうな頬はほんのりピンク色に染まって、我が娘ながら、人形のように愛らしい。
思わず俺の口元は緩んでしまう。
顔だけは茜に似ていて良かった。
だけどな、詩織。
絶対、母さんみたいな女にはなるなよ。
そう心の中で呟いた。
茜とは結局その日、一言も口をきくことなく、
翌朝もそれを引きずったまま、俺はウチを出た。
声をかけたところで、どうせ俺の顔は見たくないだろうし、俺も笑って行って来ますと言うつもりはなかったからだ。
歩いて行く時、そっとチェーンをかける音がして、それがまた俺の神経に触った。
うちを出てすぐ、近所の若夫婦と出くわした。
二人は暫しの別れを惜しんでか、切なげに見つめ合いキスをした。
俺は悪いものでも見たような気分になった。
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