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「ところでさぁ、これ……」
「ん?何?」
僕より20センチ背が低く、そして僕より遥かに肉厚なボディの彼女が、ホルスタインのような撓わな胸を揺らしながら、持参した紙袋から白い箱を取り出した。
「マコちゃん今日、誕生日でしょ?」
「え?あ、そうだった」
気が付けば深夜0時過ぎ。日付を跨いでいた。
言われてみれば確かに今日は僕の誕生日だ。
「昨日寝ずに作ったの」
「本当に?ありがとう、嬉しいなぁ」
「開けてみて?」
「あぁ、うん」
彼女に促され、箱の蓋を開けてみる。
「これって……」
「ザッハトルテよ。マコちゃん前に好きって言ってたじゃない」
「あぁ、うん、好きだよ、ザッハトルテ……」
確かに言った。
チョコケーキに甘酸っぱいアプリコットジャム。洋酒などを混ぜテンパリングしたチョコでケーキをコーティングした上品なスイーツだ。
前に彼女と行ったスイーツバイキングで僕はそれの虜になった。
でも……
「艶がないねぇ……」
「ツヤ?」
「うん、ほら、ザッハトルテって、艶々してるじゃない?」
「そうだっけ?あれってケーキに溶かしたチョコレート掛けただけでしょ?」
「いや、まぁ……」
彼女の顔が見る見るうちに怒りに満ちていく。
マズい、余計な事を言った。
僕の彼女は料理が爆発的に苦手で下手なのだ。
なのに僕のためにわざわざこんな“未知のスイーツ”を作ってくれたんだ。
まずはそこに感謝するべきなのに僕という人間はいつからこんな横柄な男になったんだ?
「ありがとう、本当に嬉しいよ。早速いただこうかな?」
「うん!食べてみて!」
彼女が微かに笑顔になったのを確認し、先ほど注文した茶碗蒸しに付いてきたスプーンでそれをひと口……と思ったが。
「硬いな……」
硬い。スプーンが入らない。
そりゃあそうだ。表面にただ溶かしたチョコレートを塗って固めただけのケーキだ。
予想以上にカッチカチなそれをスプーンの背で叩くと、カツン、カツンと、まるでコンクリートの壁に金属を打ちつけたような、無機質な音がする。
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