カタツムリ

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「ねえ、飛鳥(あすか)。昨日からちょっち暗いよ。全然笑わないし、なんかキモイんだけど」  友達の佳代(かよ)が気遣ったようだが、私はむっつりして、机に置いたノートから目を離さないままだ。 「祖母が死んでしまったの。祖母と一緒の時は楽しくて笑ってたんだけど、どうしてか……なんだか最近面白いものがないのよね」 「それ、本当なの? 気にしすぎじゃね?」    教室の中は笑い声でいっぱいだ。  9月だというのに、熱をはらんだ日差しが入るお昼休みなのだから。当たり前すぎるのだけど、私にはなんだか切り取られた別の空間にポツンといるみたいだった。男子がふざけて不安定な椅子に座って倒れる音や女子たちが笑いながら体を叩き合う音。飛んでくる紙飛行機や紙屑。今の私にはこの教室はやっぱり無関係な空間だった。   「ねえ、少しその祖母の話を聞かせて。どんなおばあちゃんだったの?」        あれは、夏休みのこと。  山口県の田舎にいる祖母に母と会いに行った時だ。 「おばあちゃん。35年間も工場で昔働いていたのよ。飛鳥はあまり知らないわよね。昔はよく働く人だった」  運転席の母は長い道のりでも疲れを感じさせない顔だ。  延々と山口県の一角のみすぼらしい駅からレンタカーを走らせ、2時間かけて酷な日差しが入らないくらいの。覆うような木々に挟まれた林道を走る母の顔にはなんともいえない控えめな楽しさや嬉しさがあった。  対向車も通り過ぎることもない林道には、夏の日差しを受けた木々や小動物。道路脇にある薄汚れた落ち葉以外は何もない。殺風景ではなく。ただただ落ち着く道のりだった。 「ねえ、確かばあちゃん。今年で84歳。一体いつまで生きるのって感じ……」  前方の杉林を見つめる私は祖母のことをあまり知らないためか、終始気楽に受け答えていると、母がとても悲しい声をだした。 「ああ……そうね」  湯田温泉に川棚温泉など、ひとしきり山口県の名所をぐるりと思い出す。高校一年の私は、小さい頃から田舎で暮らす祖母には会ったのは一度きりだった。  会うのが難しいのだ。  何故なら茨城に住んでいる私と山口県の田舎は遠すぎた。
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