第三章 新しい恋人

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雄二は普段の生活に戻って行った。もうクローゼットの中を気にすることはない。 萌はどこかへ去ってしまったのだ。そう思い込もうとした。このことを誰かに話したかったが、話すのは躊躇われた。誰がこんな変な話を信じてくれるだろうか。萌の性格だって、会ったことのある人には分かるだろうが、会ったことのない人には想像も出来ないに決まっている。大体、彼女は人の想像力を超えた人間なのだ。 雄二は気持ちに区切りをつけ、毎晩伸び伸びと歩き回った。合コンにも出て、飲み屋にも頻繁に通い始めた。たちまち雄二は本来の自分を取り戻し、何人かの新しい女友達が出来た。 その中の一人、百合は合コンで知り合った化粧品会社のOLである。素直で優しくて、笑顔が可愛い二十二歳の女性である。百合は何ヶ月かすると、ごく普通に雄二のアパートに泊まりに来るようになった。雄二の鼻の下は伸びっぱなしだった。三十路の自分を、こんな初々しい女性が好きになってくれるとは、何という幸運であろう。雄二は久しぶりに充実した気分だった。髪型を変え、流行のファッションを取り入れた格好をし、若者が好むデートスポットを探しては百合とあちこちに出かけた。 いつしか雄二の頭の中からあの忌まわしい萌のことは消え去っていた。 週末の土曜日は百合が雄二のアパートに泊まりに来る日である。雄二はいつものように部屋を隅から隅まで片付け、何気なく入り口の脇のクローゼットを見た。そこは押しても引いても動かない、開かずの扉である。しかしそれも雄二にとっては過去に属する話である。 とにかく、最近の雄二は気分が良かった。心の余裕がフッとある考えを生んだ。 (開けてみようか) それは、(どうせ開かないし)と言う思いと同時に起こった気持ちだった。 そして事もあろうに雄二は、鼻歌を歌いながら数十個の釘を全て取り外したのである。 さて、いよいよ穴だらけの扉を開ける時が来た。 雄二の指はクローゼットの取っ手に掛かっていた。 雄二が一、二度 ぎしぎしと取っ手を軽く動かした後にかけ声を掛けて、「いよっ!」と力を込めると、扉は一気に動いた。雄二の目は見開いたまま止まった。中は別に変わりなかった。変わったことと言えば、真ん中の棚板が外されていて、壁に立てかけられていた事だった。雄二はホッとして深呼吸しながら中を見渡した。
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